浦和地方裁判所 平成7年(行ウ)15号 判決
原告
(選定当事者) 井田幸一(X)
被告
荒川中部土地改良区 (Y1)
右代表者理事長
福嶋健助
被告
遠藤喜代次(Y2)
右被告両名訴訟代理人弁護士
長島佑享
同
香川實
同
満木祐子
同
飯塚肇
同
三角元子
被告
埼玉県(Y3)
右代表者知事
土屋義彦
右訴訟副代理人弁護士
田島久嵩
同
左世芳
右指定代理人
堀口昌子
同
細井知之
同
原邦男
同
市川近雄
同
濱中仁史
事実及び理由
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、岡部町が敷地を所有する排水路(以下「本件排水路」という。)の敷地である別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の一部に、原告及び選定者井田雪雄(以下、「原告ら」という。)がヒューム管を埋設しその上に盛土をした横断用通路(以下、「本件通路」という。)を開設して通行していたところ、原告らが、原告らに無断で本件通路が撤去されたとして、通行権あるいは通行地役権等に基づき、被告らに対し、原状回復、損害賠償等を請求した事案である。
二 前提的事実(争いのない事実以外は、認定の根拠とした証拠を括孤書きにより摘示する。なお、弁論の全趣旨により認められる事実は、その旨記載する。)
1 被告荒川中部土地改良区(以下、「被告土地改良区」という。)及び被告遠藤
昭和四一年四月一一日に櫛挽開拓土地改良区が設立され、同土地改良区は、昭和五八年六月一四日に櫛挽土地改良区と名称を変更し、平成二年九月二六日に被告土地改良区は櫛挽土地改良区を吸収合併した。
被告遠藤は、櫛挽畑地灌漑維持管理組合の代表組合長である(以上の事実は、原告と被告土地改良区及び同遠藤との間においては、争いがない。)。
2 本件土地の所有権及び本件排水路の管理権
(一) 本件土地の所有関係
本件土地は、元国有地であったが、昭和四九年四月二五日に国から櫛挽開拓土地改良区に所有権が移転され、さらに平成二年二月七日に櫛挽土地改良区から埼玉県大里郡岡部町にその所有権が移転された(〔証拠略〕)。
(二) 本件排水路の管理権
本件排水路は、昭和二六年に国が新設した土地改良施設であり、昭和四一年四月一一日に櫛挽開拓土地改良区が設立されたことにより、国から土地改良財産の管理の委託を受けた埼玉県と同土地改良区との間の協定に基づき、昭和四二年一一月二〇日から本件排水路の管理は同土地改良区に委託された。右協定においては、櫛挽開拓土地改良区は、土地改良法施行令五八条から六四条まで及び六七条から六九条までの規定を遵守し、財産を良好に管理するものとされている(〔証拠略〕)。
平成二年九月二六日以降は、櫛挽土地改良区を吸収合併したことにより、被告土地改良区が本件排水路の管理権を有する。
3 選定者井田雪雄は、本件排水路に隣接する埼玉県大里郡岡部町大字櫛挽一〇八番五の土地を所有している(〔証拠略〕)。
4 原告らは、昭和四八年一月ころから本件排水路の上に本件通路を設け、これを継続的に使用してきた(弁論の全趣旨)。
5 排水路改修工事及び本件通路の撤去
(一) 櫛挽土地改良区は、平成二年七月三〇日に埼玉県知事から事業の認可を受けて土地改良事業(櫛挽地区灌漑排水事業、以下「本件事業」という。)を施行し(〔証拠略〕)、平成二年九月二六日以後は、櫛挽土地改良区を吸収合併したことに伴い、被告土地改良区が右事業を承継して、本件事業の一環として本件排水路の改修工事を施行した(〔証拠略〕)。
(二) 被告土地改良区は、平成五年一一月一九日発信の内容証明郵便により、原告に対し、本件通路が本件事業に支障を生じさせているからこれを七日内に撤去することを求めた(〔証拠略〕)。
原告は、同月二四日到達の内容証明郵便により、被告土地改良区に対し、本件通路につき通行地役権を主張し、撤去を拒絶する旨通知した(〔証拠略〕)。
(三) 被告土地改良区は、原告らの承諾を得ることなく、櫛挽畑地灌漑維持管理組合をして、平成五年一二月二八日午前八時三〇分ころから午後三時ころまでの間に、本件通路を撤去させた。
三 本件の争点
1 原告らは本件排水路上に通行権あるいは通行地役権を有するか。
2 被告土地改良区が行った本件通路の撤去等は原告らに対する不法行為を構成するか。
3 原告らが、被告らに対し、杉本土建工業株式会社に本件通路を撤去するように指示した人物の名前を文書に示し、提出することを求め得る請求権の有無
四 原告の主張の要旨
1 当事者
櫛挽畑地灌漑維持管理組合は、被告土地改良区の下部組織であって、民事訴訟上の当事者能力を有しない。
被告埼玉県は、被告土地改良区の上部団体であり、同被告を監督指導する立場にあり、同被告に補助金を支出している。
2 本件通路の開設及び撤去の経緯
(一) 原告らは、昭和四八年一月に本件土地の管理権を有していた櫛挽開拓土地改良区の代表者理事であった武藤菊次郎の承諾・許可を得て本件通路を開設し、以後これを利用していた。右開設の工事費等は全て原告らが負担した。右承諾・許可において、本件通路の使用期間の定めはなく、使用料は無償であった。本件通路は、口径四〇センチのヒューム管を三本入れたものであり、実長幅員は狭いところで六・五メートル、広いところで七・二メートルであった。その後、原告らの費用によって本件通路に砂利等を敷き、その状態を改善した。
したがって、原告らは本件通路につき承諾・許可による通行権を有し、若しくは本件通路につき時効によって通行地役権を取得した。
(二) 平成五年夏、被告土地改良区から、本件排水路にコンクリート製U字溝を入れる旨の話があったので、原告らは、被告土地改良区及び被告遠藤等に対し本件通路の開設及び使用継続の経緯を説明し、本件通路の撤去を拒んだ。
(三) 原告らは、平成五年一〇月二九日に本庄簡易裁判所に対し、相手方を被告土地改良区として、本件通路についての原告らの通行権確認等の調停の申立てをしたが、右調停は同年一二月二一日の第一回調停期日で不調となった。
(四) 平成五年一二月二八日に本件通路が壊された後は、安価な大口径のヒューム管が埋められその上に土砂が積まれていたにすぎない。しかも、この新しい横断用通路(以下「新通路」という。)には護岸工事が全くなされていないため、本件水路に流水が溢れた時は、直ぐに流されることが予想される。実際、平成七年六月末に新通路の護岸が緩み、土砂が大きく崩れ落ちて通行不能な状態となっている。
3 したがって、原告らは、被告らに対し、本件通路を撤去したこと及びその後に通行が危険な状態のまま新通路を放置していることにつき、(一)本件通路の原状回復として、別紙添付図面イロハニイを順次直線で結んだ線で囲まれた部分に存する横断用通路と同等以上の横断用通路を設けてこれを引き渡すこと、(二)原告と選定者井田雪雄に損害賠償金二〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月二八日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに(三)本件通路を壊すことを指示した人物の名前を文書に示しこれを提出することを求める。
五 被告らの反論
1 当事者
櫛挽畑地灌漑維持管理組合は、団体としての規約、意思決定機関としての組合員総会、執行機関として代表役員を具備する権利能力なき社団である。
また、被告埼玉県は、被告土地改良区の上部団体ではなく、同被告を監督、指導する立場にない。
2 不動産の附合
本件通路は、別紙物件目録記載の土地の一部分(別紙添付図面ABCDAを順次直線で結んだ線で囲まれた内側部分)に、口径四〇センチメートルのヒューム管を埋設し、その上部を盛土して整地した幅員約五メートルの簡単な通路であった。したがって、本件通路は、本件排水路と一体となってのみ利用価値を有し、右排水路及びその敷地から切り離しては利用価値を有しないものであり、独立して所有権の客体とはなりえないから、その所有権は附合により本件排水路の敷地の所有者である岡部町に帰属していた。
よって、本件通路は原告らの所有ではないから、右撤去によって原告らの権利を何ら侵害するものではない。
3 通行権の不存在
(一) 土地改良財産は、本来、土地改良事業という公共目的のために使用されるべきものであり、他の用途・目的に使用させることは原則として予定されていない。法令上も、土地改良財産の本来の用途・目的を妨げない限度で、かつ、管理委託者に申請してその承認を受けた場合に限り、土地改良財産を他の用途・目的に使用させることができるとされているにすぎない。そこで、管理委託者の承認は、管理受託者が他人に対して使用権を付与する有効要件であって、右承認がなければ、他人は、土地改良財産を他の用途・目的に使用することはできないと解すべきである。
これを本件排水路についていえば、本件排水路を原告らの通路として使用させることは、土地改良財産を本来の用途・目的以外の用途・目的に使用させることに当たるから、埼玉県知事に申請してその承認を受けることが必要であったのであり、右承認をえなければ、原告らは、本件排水路について何らの使用権を取得しないものである。
(二) 本件通路の開設当時、本件排水路の管理権を有していた櫛挽開拓土地改良区は、原告らから通行地役権の設定の申入れを受けたことも、その承諾を与えたこともない。
仮に、昭和四八年一月当時、武藤菊次郎において原告らに通路の開設を認めるような言辞があったとしても、埼玉県知事の承認がない以上、原告らは本件排水路に対する使用権を取得しない。
(三)よって、原告らが本件排水路の使用権あるいは通行地役権を取得したとする主張は、理由がない。
4 本件通路の撤去行為
(一) 被告土地改良区が本件通路を撤去したのは、(1)本件通路が障害となってその上流区域の改修工事ができず工事途中で中断していたこと、(2)本件事業は埼玉県の補助事業であり、早期完成させる必要があったこと、(3)改修工事を途中で中断したまま放置すると水害発生のおそれがあったこと、(4)多数の住民から改修工事の促進を求める要望が寄せられていたこと等による。被告土地改良区は、このような非常事態を打開するために、緊急避難的観点から、やむを得ず本件通路の撤去を行った。
(二) 被告土地改良区は、本件通路の撤去後、櫛挽畑地灌漑維持管理組合をして、その跡地に口径一・二〇メートルのヒューム管を埋設し、ヒューム管上部に砂利等を盛土してローラーで整地し、幅員約五メートル強の新通路を構築させ、原告らにこれを無償で提供している。そして、本件通路を撤去し、その跡地に新通路を設置する工事は、平成五年一二月二八日午前八時三〇分頃から午後三時頃までの間に行われたから、通行不能となった時間は六時間半程度にすぎない。なお、原告らの居宅の所在する一帯の原告ら所有地は、他に公道に面しているから、本件通路を使用しなくとも出入りに支障はない。
(三) 土地改良区は、土地改良事業のために必要がある場合には、その必要の限度内において、その施行にかかる地域内にある物件でその事業に障害となるものを移動し、除去し、又は取り壊すことができるところ(土地改良法一一九条)、本件通路が本件水路改修事業の施行上障害となっていたことは明白であるから、被告土地改良区は自ら本件通路を撤去することも可能であった。
(四) なお、原告は、新通路の護岸が緩み、崩れ落ちたと主張するが、これは自然崩壊ではなく、何者かにより人為的に機械で切り崩されたものである。
5 以上のとおり、原告らは本件通路について所有権、通行権、あるいは通行地役権を有していなかったから、被告らには、本件通路の撤去を理由とする原状回復義務及び損害賠償義務はなく、また、原告らの本件通路を壊すことを指示した人物の名前を文書に示しこれを提出することを求める請求は、その法律的根拠が明確でない。
第三 争点に対する判断
一 原告らの本件排水路上の通行権の存否について
1 前記のとおり、原告らが本件通路を開設したと主張する昭和四八年当時、本件排水路の敷地の所有権は国に属し、その管理権は櫛挽開拓土地改良区にあり、右土地改良区の代表者は武藤菊次郎であった。
2 土地改良法施行令五九条一項、六九条によれば、管理受託者である土地改良区が土地改良財産を他の用途又は目的に使用させる場合には、土地改良財産の所在地を管轄する都道府県知事を経由して農林水産大臣の承認を受けることが必要である。したがって、原告らが本件排水路上に通行権の設定を受けるためには、原告らが本件通路を設置したというだけでは足りず、櫛挽開拓土地改良区において、原告らに通行権を設定するにつき、埼玉県知事を経由して農林水産大臣の承認を受けなければならなかったものである。
しかし、本件排水路について、櫛挽開拓土地改良区が右のような農林水産大臣の承認を得た事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、仮に原告らの主張するように本件通路の開設に際し武藤菊次郎の承諾があったとしても、これによって原告らが本件排水路につき何らかの通行権を取得したものと認めることはできない。
3 また、原告らは、通行地役権を時効取得したと主張し、前記のように原告らは昭和四八年一月ころから本件排水路の上に本件通路を設け、これを継続的に使用してきたところである。しかしながら、本件排水路は、前記のように原告らが本件通路を設置する以前から現在まで土地改良施設である排水路として利用・管理されている。したがって、本件排水路上に何人かが通行地役権を時効取得することを肯定することは、排水路としての目的、すなわち公共性の目的に反するから、本件排水路上に原告らの通行地役権の取得時効が成立することを認めることはできない。
二 以上のとおり、原告らは本件排水路上に何らの通行する権利を有せず、原告らの本件通路の使用関係は事実上のものにすぎなかったというべきであるから、被告土地改良区が本件通路を撤去したことによって、原告らの本件排水路上を通行する権利を侵害したということはできない。
したがって、原告らの通行権あるいは通行地役権を前提とする、本件排水路の撤去及び新通路が本件通路と幅員等において異なり及び崩壊の危険があることを理由とする原状回復請求及び損害賠償請求は、いずれも理由がないから、これを認めることはできない。
三 なお、本件通路は、本件排水路にヒューム管を埋設し、その上に盛土した形状のものであることは当事者間に争いがなく、原告の主張によっても、右ヒューム管は口径四〇センチのものを三本使用し、その実長幅員は狭いところで六・五メートル、広いところで七・二メートルにすぎない。そこで、本件通路のこのような形状からすれば、本件通路は、敷地である排水路及びその敷地と一体としてのみ利用価値を有するもので、独立して所有権の客体となり得ないことは明らかであるから、その所有権は附合により本件排水路の敷地の所有権を有する岡部町に帰属したものと認めるのが相当である。
したがって、仮に原告の原状回復請求及び損害賠償請求が本件通路の所有権を侵害することを理由とするものであると解し得るとしても、これら請求を認める余地はないというべきである。
四 原告の本訴請求のうち、本件通路を壊すことを指示した人物の名前を文書で示し提出することを求める部分については、原告は、このような請求権が生ずる法律的な根拠を全く明確にしないから、右請求を認めることはできない。
五 よって、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 小島浩 水上周)